驚き桃の木雨あられ

日頃の関心事、辛口論評やエッセイ。

人口問題!!と新ビジネス。

人口について考えてみた。

日本の人口はアジアではインドなどと反して減少傾向で国家的政治的な課題にもなっているが、世界的にはグラフの通り人口爆発ともいうべき伸び~。

僕の生まれた1959年頃S34からみて 今は約3倍で25億人=>70億人に迫っている。

そして 2100年の世界人口は112億人と予測。

え~~って思う~あくまでも予測だろうが、その中でもアジア・アフリカが8割、世界が高齢化社会になるという世界。

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ここで問題になるのは わが国の人口だが 減るという少子化現象は当然、結婚して2人以上の子供をもたなければ減るに決まっている、もちろん他国からの養子縁組などがおこなわれれば話は別だが、これはまだまだ、稀有であろう。

2100年 推移では 日本の人口は今のままでいけば 4千5百万人程度になるらしい。今の半分以下、オーストラリア程度か。

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少子化についての議論は別として、 2100年になろうと 今でも国土の広さ、交通網はもおそらく同じ、つまり日本のインフラ設備はこれから今よりも洗練されていくだろうし輸入に依存している食料は人口に応じて減る、労働力はどうだろうか。

生産性はどうなるだろうか。 

人が実際に関与する労働力は市場が縮小するため減るだろうが、生産性は反して上がると思うなあ。 

つまりロボットやAI技術の進歩発展が人にとって変わって、それらを使い5倍にも10倍にもパフォーマンスを上げることができると考えられる。 こういった技術力のイノベーションが今後益々すすむと考えれば、それらのビジネスチャンスも拡大することになろうか。

もう数十年前に1本のトマトの木に何百個を実らせるようになる、農業革命がおこるという説を読んだことがあるが、こうした部分、第一次産業の土台から新しい技術が組み入れられる可能性がある。 稲作における少々古いがハイテクを使った人の代替化が進行する。

加工して製品化する第二次産業は最大にこのAI技術やロボット恩恵をうけるだろう。

物流なども自動運転やドローンのような人が全面的に介在しなくてもいいような業態も代替化がすすむのではないだろうか。

現在アマゾンのような まあネット通販を実現させる流通機構は人を介すために問題を生んでしまう~労働の問題あり。これを機械がとってかわればそれは解消される。 

運送の機械化です。

それには自動車会社やグーグル、amazonなどが研究している無人輸送機械。 

これには既に市場がある業態でビッグチャンスではあるが、技術とお金がふんだんにいりますね。

未来は楽しいが、 最後に少子化がどんどんすすみ日本民族が滅びないことを祈りたいな。

 

 

 

音を飛ばす

マイクなどの送受信でなく 音楽をワイヤレス、無線でステレオで遅延なく~。 これを突き詰めていくと最終的に有線レベルのクオリティを期待するのですが、これは100%無理、遅延がワイヤレスでは30ms(1000分の1秒が1ms)以上はやはり覚悟しないといけない120ms以上となると体感的に、たとえば伴奏に合わせる時に遅れを感じる。楽器用のワイヤレスの規格は2.4GHz、X(A2)型、A型、B型、C型で免許が必要ないのはA型周波数以外のもの ブルートウースは2.4GHz範疇。

 

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昨今動画を送受信することも可能になってはいるのですがこれは音と動画を発信して単純に受信するだけなので、ステージで別のものから別々に発信されたものをさらにミックスしてなどとする分けでないのでまだいい。 ステージで使えるつまり歌やPAからだされた演奏をタイムラグ無しで音響機器を通してMIXし奏でるための遅延解消+干渉なしの無線技術を今様々な機器で試しているんですが、ブルートウース(圧縮送信含む)は進歩によってかなり改善してきている。 4.2バーションでも楽器を接続すると若干の音の遅延を感じるので、まだまだ進歩途上か。
2.4GHZの今のブルートウースといわない時代の機器の方が体感的にはずれを感じないが、モノラルベースが多いので、ステレオ送受信となればやはり~将来的にブルートウースとなるだろう。 

FM波における送受信も試しているが やはりノイズや外部の電波干渉が否めない、受信機はFMラジオ(受信機)になるが、ステージで音楽を送受信するにはこれは、品質的に難がありそうだ。 電波 周波数も なかなか奥が深いものです。

 

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混沌とした政局

実はこの記事は 10月2日に書いたものだけれど、その時は記事をあげるべきかどうか迷って下書きのまま、ほってほいて・・・・それで今は10月12日現在だ。 

ですからもう10日たったわけです、想像していた通り、希望の党の支持率がどうも下降傾向、地上波TVの希望の党への感心もかなり薄くなってきて、あと10日で選挙をむかえる。

小池知事への賛否 安倍首相への賛否もそれぞれにあろうが、おかげで今回は選挙へ行く人も増えるのではなかろうか。民主主義の復活!?かも。  

 ------------------- 以下 10月2日記載 -----------------------------------

安倍政権が解散し、いよいよ選挙が始まるが、解散の意味を問う声から一転いっせいに小池知事の動きの一挙手一挙動が連日報道され、やれ新党設立だのだれだれが合流だのととても騒がしいですね、小池知事ばかりのニュースで、また聴くところによれば東京都知事がこの1年でやったことは、家庭内の禁煙条例ぐらいかと(これも趣味趣向に関することで違憲な条例であるという人もいますね)、豊洲の課題やオリンピックの経費節減などの当初ぶちあげ騒がれていたが大きな課題は途中からまったく、トーンダウンし聴こえてこなくなり、今ネットニュースでは、知事として都政への尽力はほとんどないと言われている。 

その中で、安倍さんが解散したのに乗じ、国政にエネルギーをむけているのをみると、それには都政以外の多くの時間を割いているのは確実であろう。都知事たるもの都政のことを24時間考えていてこそ都知事と思うのだが。 

都民としては、いったいぜんたい東京とをどうしたいか、この半月スタンドプレーばかりが報道されるなか何を考えているのか全くわからない。

小池さんはWBSでキャスターをしていた頃から知名度もあり言うまでもなくスマートな女性でかっこいい方だなあというのが率直な感想であったが、ここ都知事になってから少し考えが変わってきた。都をひっぱっていくリーダーとして成果をなしたこともないうち、あっちへこっへと顔を出し、それをTV・マスコミがワイワイ騒いでいるのを見聴けば、ネームバリューを武器に、あの人は芸能人みたい、政治家なんだろうか?と疑う。 

ところで、、かつて民主党に国民が期待をしたものだが一時のブーム、メディアにのせられた、その後は知っての通りで大勝した民主党政権では日本政治は失速、マニフェストもつゆと消え・・・そんな轍は二度と踏まないようにしたいものだ。 マスコミがこぞって人気者にしたてあげて、いきなり新党の政策や集ってくる政治家もなんだかねえ、自己保身だろうか、一貫とした政策も思想もなく、なんとなく、長いものにまかれ今は勝てそうだから歩調をあわせ選挙にとりあえず勝っておこう、という烏合の衆にもなりかねない。

すくなくとも大多数の選挙する国民が見聞きする地上波各局や代表的な新聞メディアは公平な見識をもって報道をし、国民の眼を、芸能風の情報配信で小池氏の立ち回りだけの方向性の報道だけはしないでほしいものだ。

今回小池都知事と2ショット撮影は3万円払わねばならないそうだ、おそらく不埒な立候補者への小池氏に乗じた売名行為を抑制するのだと思うが、それでもだんだか変だ。何かと目立ってそれが上手いのは確かだし、マスコミ界もよく知っているので強い。

ひるがえって 安倍さん。

これまで外務的にとてもがんばっているし、今、最大の課題、北朝鮮・安保憲法の問題である。これは国民の生命の問題に直接通じる。本来選挙どころではない時だ。

消費税も景気にとって大きな問題ではあるが、凍結とも延長とも実行とも、それはまだ議論の要素を残しながら、納得のいく説明をし国民に再度問えばよい。

今、最大級の極東の国際的緊迫緊張の最中、ドンチャン騒いでいる場合ではなかろう。

しばらくは騒がしい10月になりそうだ。~ その間、北が撃ってこないことを祈る。

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情報の真偽を見極めることの重要性。

40歳をこえ50歳をこえ人は年齢がいけばいくほどに世の中に飛びかうほとんどの情報が要らなくなってくるようだ。

人それぞれ、かもしれぬがおそらく大半はそうであろう。

私のように20代からコンピュータを中核にした仕事に従事したようなITの歴史を知っている人間にとって、パソコン通信を400ボーなどといったカップラーを通してやっていたような時代から、新聞雑誌を除く以外からの情報を得る方法は今や数百倍になっていて、玄人しか得られなかったことが大衆化し、容易にコミュニケーションと一つとして確立しまだ発達している。

それはネットの世界だけではなく、衛星放送など加えれば、洪水のような情報量である。 昭和60年代ぐらいまでは衛星通信か海底ケーブルを利用して他国と通信をしている会社にいたが、まだまだ企業レベルであったし、それだけでも凄いことだと思ったものだ。

現代は数日で江戸時代に得る情報50年分程度を知ることができるそうだ。

さて、それらが自身にとって有益な情報かといえばそうでなく、80%以上は自分に関係ない、不必要なことであるが、そんな他の情報を知る受けることで自己存在認知に根ざした潜在的欲求もあるようだ。社会、コミュニティの一員でありたいという欲求であろう。

若ければ若いほど自分以外を知りたいという欲求が強く、その許容範囲も大きいと考えられる、加えて20代、30代ぐらいまでは推論思考がまだできない発達段階で、いわば知識の蓄積、様々な感受性の蓄積が浅いので、先の推論や自己防衛能力がまだまだ育っていない。だから多くの情報を脳は無尽蔵に欲しいのだ。

しかし、年齢がいって40歳ぐらいをこえてくると推論脳と自己防衛能力脳が次第に完備されるようで、それをこえて、さらにシニア世代になれば、ある程度の未来予測、自己が破壊されないような管理を自然とできるようになるのである。家族や友人、社会との関係性も育っていくため、生命維持や自身の趣味思考以外の他からの情報の必要性もなくなっていく。

そしてはちゃめちゃな行動が若者の特権であるが、その逆で冷静な分析と行動がおじん、おばんになった時の英知なのだ。 おちつきとでもいおうか。

さて、目を転じてネットやラジオ テレビ 新聞 雑誌、すべてのメディアに載る情報を考えてみると情報過多状態になっており、その属性、種類も多く、その真偽すら分らず、大半を鵜呑みにしてしまうことが多い。 

昨今、言われているのが偏向報道フェイクニュースなどの ニュース類。

芸能ニュースなどはどうでもいいが政治や紛争、戦争などの重要な情報は、自分で実際に見聞きした内容でないから、ある人の観念や思想など、フィルターがかかっていたり、ある方向へ誘導する情報であるかもしれないということだ。

戦争になってまず占拠するのがメディアであることから、情報を受信する際の大切なポイントはここだ。 特にニュース報道、論説、ワイドショーなどでの解説などなど、信じさせることに長けているし、大衆は鵜呑みにしやすい。メディアは政治家より強いと言われる所以。

その情報は真実か? 偏向報道されていないか? 誰が書き話しているか?

これを念頭におき、ニュースなど情報を受とらなければ、間違った判断をしてしまう、極端な言い方をすればマインドコントロールされてしまうだろう。

 

情報がいくら多くても 人は24時間という限られた1日の時間枠、人生80年90年の中でしか生きられないという制約がある。 死に近づけば近づく程に、時間が貴重な宝石になっていく、その意味で、受ける情報、発する情報の内容も価値あるものでなければならないと思うのだ。

 

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眼と耳の大切さ-認知症と将来。

母、92歳大正14年生まれ。

認知症になる人ならない人、それが遺伝や体質なのかそれとも食生活なのかわからないが、母をこれまでみてきて思うのは 「聴力 > 眼力」 が人間にとってとても重要であるということ。 

これは僕の認識であると、はじめに断わっておくこととして、母は86歳までは多少の難聴ではあったが補聴器をつけて 車の運転もし 会計のボランティアもしていた。

ちょっとした病気がきかっけで救急入院してから、聴力が落ちはじめて酷くなっていった。それでもここ数年前までは、筆談でコミュニケーションできていたが外部との音のやりとりがどうも不自由になってから、認知はすすんでいった。

補聴器もイヤらしく勝ってにはずしてしまうので進行もすすんだようだ。

二年ほど前 専門病院で診断してもらったところ 医者からは認知に対する薬も数種類あるということだった。

「どうしますか」と・・認知の進行をやわらげることは出来ても治すことは出来ないこと、かなり副作用も強そうということでその代償で他病気発症リスクの方はやはり避けたのだった。

この4年前までは、かろうじて簡単なトランプゲームが出来たが今はできない、じゃんけんポイは こちらからモーションをすると反射的に出来る、でも勝ち負けはわからない。 認知は徐々にすすんでいるがそれでもここ1年あるところで止まっている感じもする。しかし もはや私が育てた子であるとか、飼っていた犬のことや 自分の親戚や夫などなどなどいっさいどこかの果てに置いてきてしまった。 日や曜日、また季節についての理解や地理的情報もわからないようだ。なのでホームへ行っては、名前、あいうえお50音の練習、季節の風物詩、果物や動物のポンチ絵を書いてあげながら遊ぶようにしている・・・すると時折思い出すのだ。

認知症といわれてから いろいろ考えて

ホームへいく度にやってきたことは 以下。

1.トランブゲーム(ババ抜き) 推理や判断力を維持する

2.UNO ゲーム 手の内をみせながら 推理や判断力を維持する

3.将棋倒し 推理や判断力を維持する

4.玉蹴り(ボール蹴り)・・・ 反射神経を維持する

5.魚釣りゲーム(TOMYおもちゃ)・・・ 反射神経を維持する

6.ワニワニパニック(TOMYおもちゃ)・・・ 反射神経を維持する

7.あいうえお50音 読み書き 忘れないために

8.筆談(マジックで大きく絵と文字で) 忘れないために

9.ジャンケンポイ! ・・・ 反射神経を維持する

10.昔の写真をみせる。

 

人間の 脳の小皮質にあるのか、母の幼き頃のセピア色の親戚が移っている写真や家族写真などで兄弟を思いだし 云々といっている。名前はでてこないが思い出すようだ。

認知症といっても衣食住は介護の方のサポートで生活ができるのが救われる。

話が長くなってしまったが、

認知症の予防=外部とのコミュニケーション力の維持であり

その中で 繰り返すと 耳=聴力と理解力 が 最大に重要だと思う、

次に眼だろうと。 ここまでは情報収集能力で 次に発信能力である

口(声=音声)や 手足 、次ぎに 味とか匂いとかなどや 肌触覚。

なので90歳でもピンピンしている人には関係ないが 

シニアから先に年齢がいくに従い この 耳と眼は 健康に特に大切に

しなければならないと思う。

 

IPS細胞など、再生医療技術にて 聴覚関係の器官の再生が可能になれば あるいはその大元の脳細胞への再生が可能になれば この認知症も劇的に改善されるだろう。

おそらく今世紀中には、可能性が高いのではないかと思われる。

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絵/出典:ウイキペディアより 耳。 耳 - Wikipedia

 

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戦争と平和

米海軍の日本海への進出は、まさに北朝鮮の核の脅威への反駁あることは明々白々であるが、いったいどうなってしまうのか?

が、個人的には大多数の国民の思いであろうと思う。 メディアで北のロケット発射について、面白おかしく笑いの中でバラエティ討議をしてのを見るとあきれ、平和ボケの日本らしいと思うことがあるが、自らも太平洋戦争など経験したこともないので人のことはいえない、実験でも本当に北からロケット発射され我国土に着弾した場合、わが国の反応がとてもわかりずらい、わからない方がいいのかもしれないが、

防衛という名の下に反撃をすることになるのだろうか。

国民レベルではJアラートの告知もそんなに浸透しているともいえないのが現実。 

国民の命を守るという前提にたてばそれしか方法がないだろう、米国や韓国は本当に反撃をしてくれるだろうか。すべて未知数だ。

その前にトランプ政権が北にむけ、叩くのだろうか。 迎撃ミサイルが北が複数発射した場合 効果がほとんどない、高度2000メートルをこえるロケットには全く意味が無いという議論をみたことがある、とすればこんなに米艦船を米軍が日本海に出している意味はなにか? 北を抑制しているとも思えず、いつでも仕掛けるぞ体制のように思えてならない。   

一国民としては戦争にならないように 誰も命を落とさないようにと 

見守り祈るだけなのだ。

 

内閣官房 国民保護ポータルサイト

 

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ネットコミュニケーションの現実と未来。

ネットがここまで普及し浸透してしまっている中、著名人にとっては言いたいことが言えないといった言論不自由の世界ではなかろうか。一般個人であってでも、たとえばある体制の批評や非難あるいは、自己主張が反していればその 反対であるところの勢力と言論というよりも記載された内容で書き込みすれば 波及し炎上を招いているのはよく巷のニュースで聞く。 芸能人などでは ある一言でツイッター炎上~閉鎖というやつだ。

ネット社会は自由でありそうで、実は暗黙の言論統制が自然的に発生している社会でもあろう。ツイッターは不特定多数参加も自由である反面そのインパクトは強い。FBはその点、個人の場合はある程度認証いう保証の中でのイイネ文化の中での言論、基本的に主張より、個人の日記的側面を書くことの方が多いのでそこまではいかない。つまりガードがあるのだ。 余談だか若者層がFB離れが今進行しているという、シニア世代がFBをこれまでのコミュニケーション媒体として使うことが拡大しているのに反し、若年が使用逆にしなくなっているという。 1つに仲良しでいるいうちはいいけれど仲良しでなくなるとイイネ文化が崩壊するという側面もある。ネットとリアルなつながりの限界があるようでない、ないようであるというまだこの世界は始まったばかりであるところの不安定な場であるという点で、人類は使い方を模索しているともいえる。

また日本のような閉鎖的な言語文化圏では大多数の日本人(例外もある)は日本人とのつながりを求めており、全世界の友人とコミュニケーションをしているわけではないので特殊なモデルでもある。 単一言語間でのネット社会である。

ところで、人間は主張にしろ批判にしろ、自分が認知をされたい求めようとする生き物で、ネット社会での文字でのコミュニケーションは、これまでのリアル世界よりかなり容易いため、これまでのリアルな人間関係よりも 拗れると一層複雑化してしまう。

現代のネット(SNSを含むメールなどのコミュニケーション)の中では誤解も招きやすくそれによって軋轢を生むことは、リアル世界のコミュニケーションの数倍多いかもしれない。

しかし 僕が思うにこのネット社会のコミュニケーション状態は今しばらく続くがやがてリアル世界にかなり近くなる絶対だと思う。それはVR技術の発展と普及が真近に(20年以内)迫っているからだ。双方向、1対多のVR(ネットVR)上でのコミュニケーションスタイルが新たにできるに違いない。 文字でなく、ゴーグルなど視覚コミュニケーション機器をかければ目の前に現れる友人や知り合い、これにより個人あるいは時に複数人現れ、会話やボディランゲージを現実おなじようにコミュニケートできる世界になるのだ。 

間違いなくこの技術革新は今おこっておりさらに向上しFBやツイターにとって変る 半リアルなコミュニケーションツールになるだろう。 社会に浸透し。そうなればリアルとの差がななくなるのだ。

VR

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